森永公園
森永製菓の創業者・森永太一郎が大正11年に興した森永乳製品伊万里工場跡地にある公園です。公園内の時計には、森永のお菓子のパッケージなどでお馴染みのエンゼルがちょこんと座っています。
所在地:佐賀県伊万里市大坪町乙
森永のマークと森永製菓のシンボルマークの「エンゼルマーク」がデザインされている時計と、森永製菓の創業者・森永太一郎翁像がある公園です。
エンゼルマーク
森永製菓のシンボルマーク「エンゼル」は、創業当時の代表的な商品であったマシュマロの別名「エンゼルフード」からヒントを得て、天使をモチーフとして造られました。子供たちに幸福と希望を与えるエンゼルは、菓子を通して子供の世界に楽しい夢を与えたいという創業者の志にぴったりと合致するものでした。最初のエンゼルマークは創業者・森永太一郎によって考案され、明治38年(1905年)に商標登録されました。
その後は少しずつ姿を変えながらも、現在もロゴマークにエンゼルを使っています。
伊万里市立「森永公園」の由来
この公園は平成12年3月、森永の伊万里乳製品工場敷地跡に造られました。
その工場は大正11年(1922年)に新設され、当時の伊万里町大坪、牧島、大川内、二里などの酪農家から1日15石(約3トン)を集乳し、製菓原料用の練乳を製造しました。その3年前から始まった伊万里の酪農は、この工場設立を機に隆盛し、たちまち日産24石(約5トン)の牛乳を産出するようになり、陶器と農産物の集散以外になかったこの町に乳製品産業を加えて伊万里の発展に大いに貢献しました。
この地区の酪農は、伊万里出身の「西洋菓子の父」森永太一郎氏が郷土振興のため大正8年(1919年)に当時としては大金の私財1万円を酪農資金として、西松浦郡に寄付したことに始まります。
この資金で房州(千葉県)から導入された乳牛約50頭が抽選で希望者に配分されたので、大いに酪農熱が湧き上がって西松浦郡酪農組合が設立されて軌道に乗りました。
森永の伊万里乳製品工場は時代の変遷にともなってその役割を果たし、昭和33年からは伊万里地方酪農業協同組合の手で運営されてきましたが、伊万里市の市街地の発展拡大によって、工場後背地の環境が変化し、酪農適地が急減したので、遂に煙突から煙が消え工場は閉鎖されました。
大正11年から平成6年までの長い間、国民大衆に栄養を供給し続けてきたこの工場の敷地は、伊万里市民の憩いの場に提供されることになりましたが、森永事業の創始者である森永太一郎氏の郷土伊万里に対する熱い心は、いつまでもこの地に留まり続けることでしょう。(現地案内板より)
森永太一郎翁像
慶応元年(1865年)6月17日~昭和12年(1937年)1月24日
伊万里市出身・森永製菓初代社長
通称産業省管 平成11年度 電源地域産業再配置促進費補助事業施設
名称 森永公園 (協力工場)住友金属工業株式会社
寄贈 森永製菓株式会社 平成12年11月吉日