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鶴霊泉

2200年以上前に徐福が発見したと云われる歴史ある温泉宿です。

鶴霊泉1

所在地:佐賀県佐賀市富士町古湯875
庭園がある和風旅館です。立ち寄り入浴もできます。 立寄入浴営業時間:11:00~14:00
泉質:アルカリ性単純性イオン泉
効能:慢性リウマチ、神経痛、神経炎、骨及び関節等運動器障害、外傷性障害後の治療、疲労回復
珍しい天然砂湯があります。鶴霊泉の砂湯は、源泉が湧き出してくる岩盤を守る為に砂が敷き詰められていて、その砂を介して足元に湯が沸きあがってくる温泉遺産にも認定される珍しい温泉です。

鶴霊泉3

樋口三右エ門薬師如来

旅館鶴霊泉の横に祀っています。

鶴霊泉の由来

古文書に依れば人皇七代孝霊天皇72年秦の始皇帝第三皇子徐福が命を受け不老不死の薬草を求めに吾国に渡来した。後に九州不知火の前萩の郡鯖岡に舟を着けて上陸し、金立山の峰に登り住む。或る時霊夢に依り川上川の上流に黄金湯の湧き出づるのお告げに探し求めるに岩間に湯の吹き出るを発見す。徐福は神慮の湯を守りて、ほとりに庵し、土民の外傷、ヒフ病、骨休み等の湯治に供していた。以来行く星霜のうちに、天災地変に依り埋没したと在る。
その後寛政3年の春、古湯村の庄屋稲口三エ門が岩間の水道に脚を傷ついた鶴が脛を浸していたが幾日かの後傷も癒えて飛び去って行くのを見て、岩間に降り立ち手を浸してみるに温かい湯が湧き出ていたので、これぞ昔徐福の発見した湯だと歓び再興した。
以来この湯を鶴霊泉と云う。
昭和41年厚生省より国民温泉保養地に指定され今日に至る。(現地案内板より)

鶴霊泉2

古湯温泉

 古書「古湯の出湯のいわれ書」によれば、人皇七代孝霊天皇の72年(約2200年前)中国の方士「徐福」によって発見されたとある。
 「不知火の前の国、荻の鯖岡(佐賀県小城町桜岡)が浜辺であった頃、物知りの翁が金立山(佐賀市)に登り、自ら北山の翁(実は、徐福・祐清法師)と呼びしが或る日、神のお告げにより尋ね入り湯守とぞなり給いぬ」
 下りて「人皇78代二條院の御宇永暦元年(1160年)花山院(985年)の曽孫琳海親王は、北山の翁の旧蹟が絶えたるを遺憾とされ、御弟子の海翁法師を二世住職と継がしめ給へり、以後代々天台修験雪降山実相坊(古湯大権現)温泉を守護せり」とあり、度々の天変地異、兵乱に遭い、温泉は、埋没、発掘再興を繰り返した二千年に及ぶ変革の歴史が、いわれ書に詳しく記述されている。
 第二十九世清慶法師代、明治維新の滄桑に際し、廃仏毀釈により古湯村に温泉管轄を譲り、今日に至っている。
 現在、その昔、鶴の湯浴みした伝承の「鶴霊泉」川上実相院英龍僧上の扁額がある「英龍泉」それに戦後開発された「富士泉」「徐福泉」の泉源があり、毎分1トン以上が湧出している。
 古湯大権現、鶴霊泉及び英龍泉には、それぞれ温泉再興に貢献した人たちを湯の神として祀った祠がある。
泉質:アルカリ性単純温泉(アルカリ性低張性温泉)
泉温:摂氏34.4度~43.6度
適応症:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進
主な成分:PH9.6。ラドン、ナトリウム、カルシウム、塩素イオン、硫酸イオン、炭酸、水素イオン、炭酸
富士町(現地案内板より)


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