九州旅・九州各地の温泉・四季・町並・歴史

松原川

市民に安らぎと親しみを与えてくれる佐賀市の代表的な川です。松原神社を囲む全長750メートルの親水歩道があります。

松原川1

松原川(まつばらがわ)
所在地:佐賀県佐賀市松原2丁目
かつては汚れてしまっていた松原川でしたが、「松原川に河童が住める清流を」と、市民が水に親しむ公園として美しく生まれ変わりました。
松原神社を囲む全長750メートルの親水歩道があります。親水歩道や川沿いにはかっぱの銅像やガス灯風の街灯や石畳の道路などが整備されていて、ロマンチックな遊歩道になっていて、水と緑を楽しみながら、のんびりと散策することができます。

松原川2

松原川

田布施川左岸水路、市中を並行して東流。市民に安らぎと親しみを与えてくれる佐賀市の代表的な川。田布施川左岸、NTT前のポンポン井桶から分流して東へ向い、松原神社の東北角から南へ折れ佐嘉神社角派出所まで約750メートル。これから道下をくぐり小水路に分流し人目につかなくなる。訪れる文人墨客は歴代、この川の美しさ、思い出等を文学に記し絵に描いてきた。多くの橋が架かり、それぞれ市民に親しまれている。(県庁通り商店連盟)(現地案内板より)

松原川3

松原川の旅

一時期、ドブ川同然に汚してしまったこの川も、市民総出の清掃作業によって少しずつ昔の水質に戻り始めました。そんな取組が評価され、昭和61年アクアトピア都市に指定されました。
古湯から山の谷合を曲がりくねりながら、早瀬となり、渕となって流れてきます。川上からゆったりと流れているこの川は、恵の川であるとともに時には暴れ川として牙をむいて襲いかかることもある。
石井樋は、嘉瀬川から佐賀城下の生活用水と穀倉地帯の作水を多布施川に落とすために築かれました。多布施川は、佐賀市にとっての命綱。歴史とともに生き抜けた多布施の川はゆるやかに松原川へとながれてゆきます。(現地案内板より)

松原川4

松原神社北側の太鼓橋

松原川5

松原川水のたび

一時期、ドブ川同然に汚してしまったこの川も、市民総出の清掃作業によって少しずつ昔の水質に戻り始めました。そんな取組が評価され、昭和61年アクアトピア都市に指定されました。古湯から山の谷合を曲がりくねりながら、早瀬となり、渕となって流れてきます。川上 ゆったりと流れているこの川は、恵の川であるとともに時には暴れ川として牙をむいて襲いかかることもある。
石井樋は、嘉瀬川から佐賀城下の生活用水と穀倉地帯の作水を多布施川に落とすために築かれました。多布施川は、佐賀市にとっての命綱。歴史とともに生き抜けた多布施の川はゆるやかに松原川へとながれてゆきます。(現地案内板より)

松原川6

他にも松原川沿いに陶板に絵と文章が書かれたものが飾られていました。「フナを釣った日」、「ギンヤンマの夢」、「石が飛ぶ」などのお話が書かれていました。
菱刈金鉱石もありました。かっぱのみずえちゃんのお嫁入りの結納品です。鹿児島県菱刈町算出の菱刈金鉱石です。含有量世界一、埋蔵量日本一です。河太郎の従妹のみずえちゃんは鹿児島県菱刈町のガラッパ大王と結婚しました。現在もひしかりガラッパ王国(鹿児島県伊佐郡菱刈町荒瀬の湯之尾滝)にいます。(陶板の文より)

松原川7

松原橋

松原川8

松原橋

松原川23

松原橋

松原川24

善左衛門橋

所在地:佐賀県佐賀市
護国神社の北側に架かっています。
全長:8m
架橋:明和元年(1764年)
善左衛門橋は、地元の方には「ぜんじゃあばし」と呼ばれているそうです。多布施川に架かる明治式の低い欄干の石橋です。元々あった土橋が、江戸時代に洪水で何度も流されていたのを宇野善左衛門(藩士)が私財を投じて建設したものです。二度と洪水で流されないようにと、丈夫な造りになっています。

松原川22

欄干橋

所在地:佐賀県佐賀市呉服元町
呉服元町の入口の近くにあります。
昔、佐賀藩の御殿様の休憩所「欄干茶屋」がこの近くにあり、その名前に因んで欄干橋というそうです。以前は大正10年に架けられた古い橋だったそうですが、現在は欄干にも装飾が施された、きれいな橋になっています。

松原川9

河童橋

松原川10

松原川11

松原川12

松原川13

松原川14

松原川15

松原川16

松原川17

松原川18

松原川19

松原川20

松原神社東側の太鼓橋

松原川21


佐賀一覧

  佐賀  唐津  武雄・嬉野  有田・伊万里
  鳥栖・三養基郡   多久・神崎  えびす