桜八幡神社
国東の守護神であり、旧縣社・国東郷の総社
所在地:大分県国東市鶴川213
本社御祭神 神殿に向かって
中央の神座に八幡大神「誉田別尊(応神天皇)」
左の神座に比売大神「三女神(多紀理比売命、市杵嶋比売命、多岐津比売命)」
右の神座に神功皇后(息長帯比売命)
保元2年(1157年)、宇佐八幡宮の御分霊を祀り、国東郷の中心的「社」として栄えてきました。
当社は、中世の飯塚城主である田原氏(国東)をはじめとして杵築藩主の細川、小笠原、松平氏等の庇護を受け、大正末、県社に列せられました。社叢は、天然記念物であるスダシイが群生しています。(現地案内板より)
櫻八幡神社由緒
当社は人皇62代村上天皇の天暦年中神霊の示現により草創され、77代後白河天皇の保元3年9月再建された。御祭神には應神天皇・比賣大神・神功皇后の三神を奉斎し、御社号を「聖八幡櫻宮」「桜の宮」「櫻社」など尊称し奉った。
歴代の城主等深く尊信し社殿の造営社領田の寄進等枚挙に遑がない。古来国東郷一国の総鎮守として信奉せられ御神徳遠近に高く大正14年縣社に昇格された。
昭和33年は再建より800年に当るので氏子一同相談り3月8日より4日間盛大厳粛な記念式典を執行した。今般再建800年記念碑を建立し永く後昆に伝えると 昭和35年7月 櫻八幡神社社務所(現地案内板より)
石造太鼓橋
石橋
桜八幡神社神門
四脚門、瓦葺・左右切妻造り、格天井、二重垂木になっています。神門の中は前後二室に区切られ、北面に木造神馬一頭ずつ、南面に随神二神(闇神・看督長)が安置されています。昭和38年1月27日町有形文化財指定 (現地案内板より)
聖八幡櫻宮と印されています。
養老3年(720年)、大隅日向の隼人が反乱を起こした時、宇佐八幡の辛島勝波豆未が宇佐八幡大神を奉載し、神軍を率いて国崎(国東)の浦より出軍した。この時、桜吹谷(現在の川原地区)に桜本宮社を建立して宇佐宮の御分霊を勧請して武運を祈願した。
天暦年間(947~957)神霊の示現により、当地に鎮座した。天徳3年(960年)空也上人が諸国行脚にあたりこの地に来て、興導寺を創建して、当神社の神宮寺とした。
保元2年(1157年)神霊の示現により再興され、これより数えて800年となった昭和33年3月に100年式年大祭を奉斎した。(現地案内板より)
櫻八幡神社と印されています。