原商店 ラムネ工場
原次郎左衛門蔵では、虹色ラムネの製造工程も見学することができます。
原次郎左衛門の工場では、一日に6,000本のラムネが製造されています。
ラムネ工場案内板
(1)洗瓶機:ラムネビンの洗浄・殺菌をします。
(2)水冷却機:炭酸ガスと水が混ざりやすい温度(4度)まで水を冷やします。
(3)炭酸ガスボンベ:炭酸ガスが入っています。
(4)炭酸ガス混合機:炭酸ガスを水に溶け込ませます。
(5)ラムネ瓶詰め機:シロップ・炭酸水を入れ、ビンを逆立ちさせガス圧で栓をします。
(5)ラムネ瓶詰め機(旧式):昭和20年代から使われていた半手動の瓶詰機です。
(6)シーラー:キャップ・シールを熱で収縮させて、封をします。
※番号は製造工程順になっています。(現地案内板より)
洗瓶機
水冷却機
炭酸ガスボンベ
炭酸ガス混合器
虹色ラムネは、天然色素を使用した色付きのラムネです。無色、メロン、アップル、ハワイアンブルー、オレンジ、グレープ、レモンの七種類です。
店内にテーブルと椅子がありますので、その場で冷たいラムネを飲むことができます。冷たく冷えたラムネの美味しさはたまりません。
ビー玉の歴史
ラムネ瓶に欠かせないものがビー玉です。このビー玉の名前についてはポルトガル語でガラス玉のことを「ビードロ玉」と呼んでいたことがその由来とみられています。
ビー玉は玩具としても用いられますが、玩具としてのビー玉の歴史は古くエジプトで見つかった6000年以上前の子供の墓では石で作ったビー玉が出土しています。その後は鉛、粘土と材質が変わり、1800年代には陶磁器で作られました。
ガラス製のビー玉は15世紀頃にはベネチア(イタリア)、ボヘミア(チェコ)で作られていますが、1846年にドイツのガラス職人がガラス棒を簡単にカットできる鋏を考案したことにより、ガラス製ビー玉の大量生産が可能になりました。その後、1901年にアメリカのクリステンソンがガラス製ビー玉製造機を発明し、それ以後は機械で作られるようになりました。
日本では平安時代の「倭名類聚抄」に現在の「ビー玉遊び」に似た遊びがみられ、幕末には今日と同じルールで行われるようになります。これは横浜の居留地で外国人の子供が遊んでいたものが広まったものですが、日本の子供にはガラス製のビー玉は手に入れることができなかったので土製の代用品を使用していました。現在のようにガラス製のビー玉が普及するのは昭和30年以降まで待たなければなりませんでした。(現地案内板より)