寶池山 西蓮寺
開基・光心師は俗名を「黒田市右衛門」といい、黒田官兵衛の弟です。父黒田職隆の逝去に伴い、出家したといわれ、官兵衛を慕い中津に移り、天正16年(1588年)に当山を開山しました。
西蓮寺
所在地:大分県中津市寺町998
寶池山 西蓮寺(ほうちざん さいれんじ)
黒田官兵衛孝高(黒田如水)公ゆかりの寺
西蓮寺は、天正16年(1588年)に光心師によりって開創された。光心師の俗名は「黒田市衛門」であり、黒田孝高公の末弟で父・黒田美濃守職隆公の逝去時に出家した。黒田孝高公が播州より豊前中津に入国の際に兄・孝高公の御徳を慕い共に中津に入り、寺町に西蓮寺を建立し、初代住職となったのである。
以来420年以上の長きに亘り、現20代住職までこの地で法灯を伝えている。
現在の本堂は、天保14年(1844年)に再建されたもので、金剛棟札を見ると発起人は8才の童子「播磨屋助次郎」とある。この童子が山国川から小石を運び立派な本堂を建てる用意をしていることを聞き、総代・小畑親民は深く感激し再建に尽力した。
この本堂は、再建当時藩主であった第8代奥平昌服公が度々お茶会を催した場所でもある。(現地案内板より)