千尋巌
磯御殿裏山の山腹には巨大な岩があり、千尋巌(せんじんがん)の文字が白く刻まれています。
所在地:鹿児島県鹿児島市吉野9700-1 仙巌園内
仙巌園の中心部にあります磯御殿の裏山の上の方の岩に「千尋巌」と刻まれています。千尋巌の意味は、「とても大きな岩」というような意味があるそうです。
巨大な岩石に刻まれた11メートルにも及ぶ「千尋巌」の大文字は、27代島津斉興が文化11年(1814年)4月に完成させたものです。これを刻むために延人員3900人と三ヶ月もの日数を要し、工事の際は磯山の杉や竹で足場を組んで作業を行ったといわれています。このように岩に文字を刻む作庭方法は日本庭園では大変珍しく、中国文化の影響と思われています。
磯御殿裏山の山腹の岩に刻まれた、白い文字の「千尋巌」が見えます。
千尋巌が屋根の向こうの裏山に見えます。
上の写真の筆塚は新しいものです。27代島津斉興の筆塚跡は、ここから更に500メートル位登ったところにあります。
【筆塚】
この筆塚は鹿児島県書道会創立50周年記念事業の一環として筆供養のために建立しました。株式会社島津興業の御好意により用地を提供して頂きましたことを深謝いたします。平成10年4月29日 鹿児島県書道会(碑文より)
観水舎跡・筆塚への遊歩道
仙巌園(磯庭園)の裏山は、温帯と亜熱帯の植物が自生する自然の宝庫です。また、裏山から眺める桜島・錦江湾の景観は雄大で、島津家の当主たちもこの裏山の自然・景観を愛していました。の奥に、その裏山へ繋がる遊歩道があります。
島津家の当主たちが歩いた当時そのままの自然が残された山道を登っていくと、25代島津重豪が仙巌園の奥にある滝の景観を楽しむために建てたという観水舎の跡や、27代島津斉興が使えなくなった筆を埋めて供養した筆塚、重豪が四季を通じて移り変わる錦江湾の眺望を楽しんだ集仙台跡があります。遊歩道はおよそ500m。観水舎・筆塚までの時間は30分程度です。千尋巌へ行く遊歩道入り口からみた桜島もまた格別素晴らしいです。(現地案内板より)