九州旅・九州各地の温泉・四季・町並・歴史

聖トマス西列聖記念碑

1987年に「聖トマス西と他の十五列職者」として日本人では125年ぶりにローマで列聖されたことを記念して建てらた石碑です。

生月教会1

所在地:長崎県平戸市生月町山田免440-2
1987年同教皇はこの殉教者たちを、「聖トマス西と他の十五列職者」として日本人では125年ぶりにローマで列聖した。教会は毎年9月28日をこの聖人たちの祝日と定めている。

生月教会2

聖トマス西六左衛門神父

聖トマス西神父は、1590年ガスパル西玄可の次男としてこの生月に生まれた。父ガスパル西は平戸領主松浦隆信の重臣・籠手田氏の代官として山田、舘の浜を支配していた。しかし、法院鎮信のキリシタン弾圧によって、1609年妻・長男とともに生月で最初の殉教者となった。1602年頃トマス西神父は、修道者となるためマニラに渡り、ドミニコ会のロザリオ修道院に入った。1625年修道誓願を立て、修道名をトマス・デ・サン・ハシントと言った。その後、聖トマス大学で神学を学び、1626年ドミニコ会最初の日本人司祭に叙階された。
1629年厳しい迫害さなかの長崎に上陸し、日本の各地で迫害に苦しむ信者に秘跡を授けるなど献身した。しかし、1634年8月病気の同僚神父の看護にあたっていた際、長崎で捕らえられた。役人の棄教の脅しにも耳をかさず、再三の水責めや竹串を指の爪の間に押し込まれるなどの拷問にも屈しなかった。1634年11月11日西坂の丘で何日もの穴吊りの刑を受けて44歳の生涯を終えた。まさに信仰の証となったトマス西神父を教皇ヨハネ・パウロ二世は、1981年フィリピンで他の15人の殉教者たちとともに列福した。1987年同教皇はこの殉教者たちを、「聖トマス西と他の十五列職者」として日本人では125年ぶりにローマで列聖した。教会は毎年9月28日をこの聖人たちの祝日と定めている。
1988年9月28日 生月カトリック教会(碑文より)

生月教会11

碑文

生月教会3

聖トマス西六左衛門

生月教会4

京都の聖ラサロ

生月教会7

ルルド

生月教会6

生月教会5

生月教会8

ルルドの聖母マリア

生月教会9

生月教会10


長崎一覧

  長崎  平戸  佐世保
  島原   雲仙・小浜