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出島

現在の出島は、4つの時代の遺構や建物等を復元しています。かつて海に面していた水門、西側ゲートから入場すると19世紀初頭の江戸時代から幕末開国後、明治へと時代をたどることができ、東側ゲートから入場すると、明治から幕末、江戸へと時代を遡ることができます。

出島1

所在地:長崎県長崎市出島
路面電車の出島電停のすぐそばにあります。
開館時間:8:00~18:00(最終入場は閉館20分前まで) ※開館時間は季節により変更があります。
休館日:年中無休
入館料:大人510円・高校生200円・小中学生100円
江戸時代の出島には、住居や料理部屋、蔵、番所など49の建物があったそうです。現在、そのうちの25棟を復元させる事業が進んでいます。その中でもカピタン部屋などの5棟が新しく完成し、合計15棟が公開中です。

出島2

出島(でじま)は、鎖国時代の200年間、西洋に開かれていた貿易の窓口でした。出島は寛永11年(1634年)に、江戸幕府により築造された扇型の人工島です。

出島3

水門

西洋と日本の文化・学術・貿易品が最初に出入りした象徴的な建物です。2つの通り口のうち南側は輸入用、北側は輸出用に使われていました。

出島4

水門

出島6

乙名詰所や組頭部屋なども復原されています。

出島7

天秤量りの複製

出島に入ってすぐのところに展示されています。オランダ船が運んできた輸入品の砂糖などを計量する天秤はかりです。天秤の一端に籠や袋に詰められた砂糖を置き、もう一端に分銅を置いて、棹が水平になったときの分銅の総重量で砂糖などの重さを量ります。(現地案内板より)

出島14

フレンドシップメモリー

この彫刻は、日本とポルトガルの交流に尽力した6人の人物を題材にしたものです。真鍮鋳物製で、製作者は、Escultor Martins Correiaです。昭和45年(1970年)に大阪で開催された日本万国博覧会において展示されましたが、博覧会終了後ポルトガル政府から長崎県に寄贈され、昭和48年(1973年)に長崎が譲り受け、現在の所在地に設置しました。
描かれている人物
フランシスコ・シャヴィエル(1506-1552)
ジョルジュ・アルヴァレス(?)
ジョアン・ロドリゲス(1561-1634)
ルイス・デ・フロイス(1532-1597)
ヴェンセスラウ・デ・モラエス(1854-1929)
ルイス・デ・アルメイダ(1525-1583)
(現地案内板より)

出島21

オランダ石門

ポルトガル船が平戸に来航したのが天文19年(1550年)室町時代、安土・桃山時代には、天正遣欧少年使節が長崎を出航しローマに派遣され、江戸時代、慶長14年(1609年)には、平戸にオランダ商館が設置され、慶長18年(1613年)には、平戸にイギリス商館が設置されました。
元和9年(1623年)に、平戸のイギリス商館が閉鎖され、寛永5年(1628年)に、平戸のオランダ商館が閉鎖されました。寛永11年(1634年)に、出島築造が着手され、寛永13年(1636年)に、出島が完成しました。寛永18年(1641年)に、平戸オランダ商館が長崎出島に移転しました。安政6年(1859年)の安政の開国までの約218年間、出島は、日本の近代化に重要な役割を果たしました。(現地案内板より)

出島28

オランダ石門

出島11

オランダ石門

出島12

復元された出島内の石畳

出島8

メイザン

「メイザン」の名で多くの資料に見られますが、その位置は建て替えのたびに移動したようです。ひもを引いて鳴らす西洋式の鐘で、18世紀のオランダで実際に用いられたものを吊っています。(現地案内板より)

出島9

出島10

石標柱

安政6年(1859年)、出島のオランダ商館は廃止され、領事館が設置されました。さらに、慶応2年(1866年)には外国人居留地に編入されました。この石標柱は、居留地時代の出島の地番を示したもので、現在、敷地の東側から中央部にかけて、道路沿いを中心に7個所の石標柱が残されています。(現地案内板より)

出島13

ケンペル・ツュンペリー記念碑

商館医シーボルト(1823年来日)は、同じく商館医として来日し、日本の研究を行った。ケンベル(1690年来日)及びツュンベリー(1775年来日)の偉業を顕彰するため、文政9年(1826年)にこの記念碑を出島の花畑に建てました。ケンベル、ツュンベリー、シーボルトの3人は出島の三学者といわれ、彼らが日本の発展に寄与し、また日本文化を海外に紹介した功績は大変大きなものでした。
指定:昭和35年7月13日 所有者 長崎市(現地案内板より)

出島16

鉄製大砲

 昭和39年(1964年)に、浦上川河口付近から引き上げられた鉄製の大砲です。もとはオランダ船に搭載されていたものですが、何らかの事情により海中に残されました。長崎港と浦上川河口部では、オランダ船の座礁や船の搭載砲を海中に落とした記録などが残っています。アムステルダムをあらわすAとオランダ東インド会社をあらわすVOCのマークが刻まれています。(現地案内板より)

出島15

シーボルト里帰り植物

出島の庭の一角にシーボルトがオランダへ送った植物のうち、2000年の日蘭交流400年記念の際に、ライデン大学付属植物園から出島へ里帰りした植物が植えられていました。イロハモミジ、ケヤキ、フジなどがありました。シーボルトは日本の植物260種類をオランダへ送ったそうです。(現地案内板より)

出島23

デジマノキ

デジマノキは和名をコパールノキといいます。東南アジアに分布するナンヨウスギ科の常緑高木で、学名はアガチス・ダマラといいます。この木は、オランダ人が東洋貿易の根拠地としたジャカルタ(旧名バタヴィア)から幕末の頃にこの地に移植したもので、日蘭交流の貴重な記念樹といえます。(現地案内板より)

出島20

出島先学顕彰薬園碑所在標

昭和48年(1973年)に、シーボルト来日250年を記念してシーボルト顕彰会が建立したものです。シーボルト、ケンペルやツュンベリーらは、日本の植物に関して関心を持ち、この出島内の薬草園で研究を深め、その研究成果を広く海外に広めました。(碑文より)

出島26

バドミントン伝来之地の碑

出島に住んでいた人たちは、当時「紅毛羽子板」と呼ばれていたバドミントンを既に楽しんでいたそうです。他にも、出島から全国へ拡がったものとして、ビリヤード、ピアノ、カルタ、レンガ、ペンキ、ボタン、クローバ、ビール、コーヒー、チョコレート、ジャガイモ、パセリ、キャベツ、トマトなどがあります。

出島18

ユッカラン

ユッカランは、別名アツバキミガヨラン(厚葉君が代蘭)。アメリカ大陸原産の植物です。

出島17

ユッカランの花

出島19

出島22

でじまや

旧出島神学校の1階にある売店です。出島グッズをはじめ、様々なお土産や、ラムネ、ソフトクリームなども販売していました。

出島27

かすていらサイダー

なんでもこのかすていらサイダー、「飲むスィーツ」というキャッチフレーズだそうです。雲仙市小浜町雲仙の田浦物産が、佐賀県の飲料会社と共同開発したそうです。田浦物産の方のお話によると、「ジンやウオッカで割って飲んでもおいしい」とのことです。

出島24

長崎さるく人形

さるくとは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁です。史跡や観光施設が多い長崎をぶらぶら歩こうということで、色々なイベントなども催されています。


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