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龍驤館

大正7年、明治天皇即位50周年記念事業として当時の宇土郡教育委員会が頌徳記念館として建てたもので、この地はかつての文豪小泉八雲ゆかりの「浦島屋」の跡地でもあります。

龍驤館1

所在地:熊本県宇城市三角町三角浦1320-22
建築:大正7年(1918年)
構造:木造平屋一部2階建、瓦葺及び銅板葺
建築面積:234平方メートル
桁行:15m 梁間:9.2m
三角旧港東南に南面して建ち、棟の南面両隅にテラスで結ばれた宝形造、方形平面の二棟を配しています。屋根は破風付の寄棟造りで、軒下小壁ではハーフティンバー風に木部を見せています。大正期らしい簡略化されたスティックスタイルの建物です。

龍驤館2

龍驤館(りゅうじょうかん)は、明治天皇の御盛徳を偲ぶ頌徳記念館として、大正7年に建設された。宇土教育会館・郡公会堂向きに設計され教育参考品や郡内の物産を陳列して教育・産業の振興を図ると共に、館内に郡立図書館も置いた。三角町(現地案内板より)

龍驤館3

館名の由来

明治天皇は、肥後藩が献上した最新鋭の軍艦で西国を巡視された。その折、熊本府巡視の後、明治5年6月20日夜、天皇は激しい風波をさけて三角港に仮伯された。そのお召艦「龍驤」の名にちなんだものである。
この地は小泉八雲の紀行文「夏の日の夢」に出てくる和風旅館「浦島屋」の跡地でもある。三角町(現地案内板より)

龍驤館4

明治5年6月20日夜、天皇は激しい風波をさけて三角港に仮伯された時のお召艦「龍驤」に乗船していたのは、参議兼陸軍大将 西郷隆盛、陸軍少輔 西郷従道、海軍少輔 川村純義、宮内卿 徳大寺実則など70余名と近衛兵一小隊でした。

龍驤館5

向かって左手の2階建ての建物は銅板葺きで、他の建物は瓦葺きになっています。

龍驤館6

龍驤館7

龍驤館8

「開港百周年記念」と刻まれた瓦

龍驤館9

龍驤館10

龍驤館11

龍驤館12

龍驤館13

富岡敬明翁像

富岡敬明県令は、文政5年(1822年)佐賀県の小城藩士、神代次兵衛の次男として生まれ、のちに富岡家の養子となった。明治5年山梨県の権参事となり、徳島県を経て、明治9年11月に、熊本県権令に任ぜられた。
 明治9年10月24日に「神風連の乱」が起こり、相次ぐ戦乱で熊本は焦土と化した。その復興と難民の救済を課せられた敬明は、一つの方策として港湾を建設することとした。当初は百貫石港を候補地としたが内務省から派遣されたオランダ人水理工師ローウェンホルスト・ムルドルの現地調査、建言により、天然の良港三角に変更、明治17年5月に道路工事(現在の国道57号線)及び築港に着手、明治20年8月15日に開港させた。
 この三角港は明治22年には特別輸出港と認定され、熊本県の海の玄関として三角町のみならず、熊本県の繁栄、発展の礎となった。
 ここに、富岡敬明県令の熊本在任中の業績を讃え、その遺徳を後世に伝承するために建立したのがこの像である。
平成8年10月吉日 (現地案内板より)

龍驤館14

富岡敬明翁像

龍驤館15


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