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熊本城・宇戸櫓

西南戦争後にも焼け残った唯一の多層櫓です。三層五階、地下一階からなり、第三の天守とも呼ばれています。

宇戸櫓1

国指定重要文化財 宇土櫓

宇土櫓は、創建当時(慶長年間:1596年~1614年)から残る唯一の多層櫓です。大小天守閣と合わせて、「三の天の守」と呼ばれることもあります。

宇戸櫓2

直線的な破風と望楼に廻縁勾欄を廻らせた建築様式です。地上5階、地下1階、他の城郭では優に天守閣に匹敵する構造と規模を持つ見事な櫓です。こんなに立派な建物が、櫓のひとつにすぎないというところが、熊本城のスケールの大きさのひとつです。

宇戸櫓16

往時の熊本城は宇土櫓のような5階建て、3階建ての櫓が林立し、まさに難攻不落の巨大要塞でした。

宇戸櫓11

重要文化財熊本城宇土櫓

宇土櫓は三重五階(地下一階付)の櫓で、南に二階の隅櫓と平櫓からなる続櫓が取り付いています。宇土櫓という名称は本来五階櫓の部分を指しており、平櫓の部分は古外様櫓、隅櫓の部分は二階櫓と呼ばれていました。また、宇土櫓という名称も江戸中期頃からのもので、天守西の御丸五階櫓あるいは、平左衛門預五階櫓などと記されている文献もあります。
宇土櫓はその規模の大きさと形式(穴蔵「地下」をもつこと、五階には廻り縁と高欄を持つこと等)から天守としての特徴を備えています。宇土櫓は、古くから宇土城天守を移築したものといわれてきましたが、今回の修理によると熊本城で創建されたようです。宇土櫓は西南に破風をもち、その破風がむくりをもっていることが特徴です。大小天守等の一部を除いて、熊本城の櫓はこの形式が多く、熊本城の特徴となっています。
また、三重の大櫓棟には鯱が載っていますが、これは昭和2年に当時の第六師団司令部に保管されていたものを載せたもので、もともと宇土櫓のものかどうかはわかりません。しかし青銅製で形式も古く、江戸初期にさかのぼると思われる珍しいものです。(現地案内板より)

宇戸櫓17

宇土櫓と続櫓

南の隅に一重一部二階の続櫓の隅櫓、続櫓があります。

宇戸櫓6

宇戸櫓12

宇土櫓は、もともと小西行長の築いた宇土城の天守閣であったものを、関ケ原の戦後、熊本城に移築したものといわれていましたが、色々な調査の結果、熊本城内で築かれたものという説が有力になっています。(現地案内板より)

宇戸櫓9

宇土櫓の修理

宇土櫓は、元禄、宝永、宝暦、文政等の瓦が発見されており、この頃屋根修理が垂木等への墨書から享保5年(1720年)、文政9年(1826年)頃木部の修理が行われたと考えられます。これらの修理は解体して修理するような大修理ではなかったようですですが、昭和2年に至って崩壊寸前になり、わずか6ヵ月で解体修理が行われました。
その後、昭和29年から32年にも解体修理、昭和44年にも部分修理が行われました。白蟻による被害が進行したため、昭和60年から平成元年にかけて半解体修理を行いました。(現地案内板より)

宇戸櫓13

西側と北側は深い空堀の底から石垣を積み上げているため、迫力があります。この石垣の高さは約20mあります。

宇戸櫓10

宇戸櫓14

宇戸櫓最上階からの眺め

宇戸櫓15

私は、この宇土櫓が大好きです。櫓の最上階に上って、板の間に座り込み、窓からみる景色、窓から香ってくる青葉の香り…たまりません。

宇戸櫓4

桔梗紋の軒瓦と火災除けの三つ巴の軒瓦

宇戸櫓5

宇戸櫓7

銃眼付きの壁

宇戸櫓8

銃眼

敵を見張り、弓矢や銃を構えるために城壁に設けた穴のことです。


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