熊手銀天街
熊手銀天街
所在地:福岡県北九州市八幡西区熊手
熊手銀天街は長崎街道沿いにあり、往時は大変賑わったそうです。現在は残念ながら空き店舗が増えて、寂しいです。
上市くまで通り
黒崎史蹟(上市・下市)
熊手銀天街から熊手3丁目の西構口までの、約400メートル、岡田参道入口より東側を「上市」といい、西側を「下市」と言っていた。宝永元年(1704年)に市が立つようになり、毎月二日、六日、十一日、十六日、二十一日、二十六日が定日であった。上市、下市はこの市に由来する。
福岡藩郡役所定の一条によれば、宝永元年までは、遠賀、鞍手、嘉麻、穂波、宗像の各郡の者達は諸用の品々を小倉まで調達に行っていたが、これからは黒崎へ新市を立てるから入用の者はここで調べるようにし、そして市を立てる日を決めていた。
当時、小倉は豊前領で他国で諸用を調べるのは筑前の国としても損失であるとの筑前黒田藩の配慮であったと思われる。それに当時、藤田は郡家、代官所もあり、春日神社前には宿駅の人馬継所があり、長崎街道筑前六宿の終点で栄えていた。
熊手村の方にも何か村人たちの利益になることをおこす必要があると考えられ市が設けられたと思われる。藤田、田町が江戸時代の宿場町としての官庁街であるなら熊手町は商人の町だった。(現地案内板より)
あじさい祭
紫陽花
珍しい紫陽花が店頭に並んでいました。